鶴谷八幡宮の百態の龍

大井区(館山市大井)手力雄神社

神武元年、忌部族が鎮祭、養老2(718)年 舎人親王により創建された古社と伝承されています。神輿の柱隠しの龍、軒面と野筋の龍の彫刻は、後藤利兵衛橘義光の手によるものです。

なお、平成15年の大改修の際、彫刻の裏に「彫工 伊八作武志伊八郎伸由長狭打墨住」という墨書き銘が発見されました。狛犬八体と戸脇の龍八体がそうです。

長田区(館山市東長田)山宮神社

この神社は、白鳳14(685)年に社殿ができ、延久3(1071)年に初めて八幡海岸へ渡御したという記録が残っています。

祭神は、大山津見命、事代主命で神輿の彫刻は明治20年代の作で、力士と龍が飾られ、力強く表現されています。この彫刻は、館山市内の神輿には大変珍しいと言われています。

例大祭は、毎年9月の安房国司祭(やわたんまち)に鶴谷八幡宮へ渡御しています。

中里区(館山市中里)八坂神社

祭神は、建速須佐之男尊(たてはやすさのおのみこと)で後の牛頭天皇であり、御霊写しをすると中里の天皇様とよばれている。

彫刻は明治30年義光82歳の作であり、4本柱には、昇り龍、下り龍、柱の上には獅子が8体あり、細かな彫刻が数多くある。

例大祭は毎年8月10日、安房神社への渡御があり、地区に戻ると神輿の駆け足通りがあり、何度も駆け足をする。

佐野区(館山市佐野)熊野神社

鎮座地は館山市佐野1826番地。社殿は、本殿入母屋造り、幣殿、拝殿、創立年月日は不詳。

祭神は、櫛御気野命(くしみけぬのみこと)=須佐之男命(すさのおのみこと)を奉斉する。

神輿の彫刻は、宮彫師として、社寺の木彫彫刻の名手である初代後藤義光 晩年79歳、明治26(1893)年の作である。

例大祭は、毎年8月10日。

出野尾区(館山市出野尾)十二社神社

祭神は、熊野十二社之神。

漆を塗らない素木の神輿で、彫刻は明治24年、後藤義光77歳の時の作品。胴羽目右側は、「牛若丸」「烏天狗」「僧正坊」の躍動感あるシーン。左側は「天照大神」「手力雄命」「天鈿女命(あめのうずめ)」の登場する神話の世界。

例大祭は、本来は10月17日の神嘗祭の日だが、近年は、10月の第2土曜日である。

長須賀区(館山市長須賀)熊野神社

神輿は、明治26年に制作され、館山市内でも数少ない歴史的価値の高い神輿です。その「素戔鳴命と櫛名田比売の八岐大蛇退治場面」彫刻は、義光傑作のひとつと言われている。その当時長須賀は「商業の街」として発展し、多くの丁稚が働きに来ており、「彼らにも神輿を担がせてあげたい」という旦那衆の思いから「小殿」といわれる小神輿も同時に制作されていることも驚きです。平成4年に神輿の大改修、24年には、神輿蔵も新築しました。

青柳区(館山市下真倉)日枝神社

日枝神社は、館山地区東端の高台で鏡が浦を一望する位置にあり、祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、大山咋神(おおやまくいのかみ)漆塗りの艶やかな大神輿には、84歳晩年作の重厚な彫刻、楠木正成(くすのきまさしげ)と長男正行(まさつら)の桜井の別れ、太田道灌(おおたどうかん)と山吹の里が胴部にはめ込まれています。

神輿渡御は毎年8月1・2日に行われています。

上真倉区(館山市上真倉)神明神社

祭神は、天照皇大神、素戔鳴命(すさのおのみこと)、高皇産霊尊。神輿の彫刻は、明治32年の作で、牛若丸とカラス天狗の鞍馬山修行の様子を力強く表現しております。獅子は、館山市市内の神輿の中では最も大きいものと言われております。

例大祭、神輿渡御は、毎年8月1日・2日で、1日は、午後3時ごろに新井海岸へお浜出、午後5時過ぎから館山神社で神輿7社により、合同祭典を行っています。

大塚区(館山市船形)神明神社

祭神は、天照皇大神、山車の彫刻は明治33年86歳の作です。

二十四考、七福神、松に丹頂の鶴、瑞雲に丹頂鶴、波に亀、波に千鳥の欄間高欄に彫刻があり、四隅には、雲肘木、力士昇り龍を配し、前面の立柱左に昇り龍、右に下り龍を刻み、正面より見れば六重の彫刻となり、彫刻の調和美は誠にみごとの言葉に尽きると言われています。

船形地区の例大祭は、7月の第4土・日曜日に行われています。

寺赤町内会(館山市那古)補陀洛山那古寺

人形は、第96代の御醍醐天皇。鎌倉幕府を倒し天皇中心の体制(建武中興)とするため活躍した楠木正成。新田義貞・名和長年・児島高徳・村上義光らの彫刻や、楠木正成が如意輪寺板壁に辞世を鏃で刻む場面を浮き出し、刺繍とた幕など「太平記」を主題とした意匠山車です(館山市指定文化財)。又、中層は擬宝珠を除く総彫物で、各層四角は仏法の守護神・金剛力士(仁王)で囲まれています。

南町町内会(館山市北条)蛭子神社

祭神は、蛭子大神、事代主命(ことしろぬしのみこと)で、商売繁盛、漁業豊漁などの護神。

山車は、明治29年に製作され、彫刻は義光晩年の作で「浦島」を題材とした場面などが、重厚に彫られています。

毎年9月の安房国司祭(やわたんまち)では、北条地区の六軒町、神明町、三軒町の山車、新宿のお船と共に出祭し、2日間に渡り勇壮な引き廻しが行われます。